コラム31 企業出版の進め方
会社の名前で本を出す前に、決めておきたいこと
「うちの会社も本を出してみては」。社長のひと言から、そんな話が始まることがあります。担当を任された方の多くは、何から手をつければよいのか分からず、まず「社内に文章を書ける人がいない」と心配されます。
実は、会社の名前で出す本(企業出版)の出来を左右するのは、文章のうまさではありません。何のために出すのか、誰に届けるのか、出したあとにどう使うのかという段取りです。この記事では、企業出版の担当者がつまずきやすい順番に、先に決めておきたいことをまとめました。
実は、会社の名前で出す本(企業出版)の出来を左右するのは、文章のうまさではありません。何のために出すのか、誰に届けるのか、出したあとにどう使うのかという段取りです。この記事では、企業出版の担当者がつまずきやすい順番に、先に決めておきたいことをまとめました。
本は「売るため」ではなく「経営の課題を解くため」に出す
最初に押さえておきたいのは、企業出版の目的は本の売上ではない、ということです。定価1,600円の本が3,000部すべて売れ、印税が1割だったとしても、入ってくるのは48万円ほど。本づくりにかけた費用を、本の売上で取り戻すのはもともと難しいのです。
それでも会社が本を出すのは、採用や営業、社内への理念の浸透といった経営の課題を解くための道具として、本がとても優れているからです。ウェブの記事や広告にはない、本ならではの強みがあります。
それでも会社が本を出すのは、採用や営業、社内への理念の浸透といった経営の課題を解くための道具として、本がとても優れているからです。ウェブの記事や広告にはない、本ならではの強みがあります。
- 編集の目を通っている:社内だけで公開できるウェブ記事と違い、第三者の手で整えられて「本になっている」こと自体が信頼につながります
- まとまった分量がある:一冊分の内容を一本の筋道で語ることで、「この分野を体系立てて分かっている会社」という印象が生まれます
- 形として残る:手渡しができ、本棚に残り、国立国会図書館にも納められます。商談で一冊差し出す重みは、URLを送るのとは違います
商業出版・自費出版との違いなど、企業出版の基本は企業出版ガイドでも詳しくご紹介しています。
目的は5つに分けられる。主な目的は1つに絞る
会社が本で解決したい課題は、細かく見ればさまざまですが、大きく分けると次の5つに整理できます。
- 見込み客を育てる:単価が高く、検討に時間がかかる商品・サービスほど効きます。本は机に置かれ、線を引かれ、社内で回し読みされる、長く付き合ってもらえる媒体です
- 採用のミスマッチを減らす:創業の経緯や大切にしている考え方まで伝えられるので、価値観の合う人が応募してくれるようになります
- 業界の第一人者になる:一つの分野を体系立てて語った人は、その分野の専門家として見られます。講演や取材の依頼にもつながります
- 理念を社内に伝える:拠点や社員が増えても、全員が同じ言葉で会社の考え方を把握できます
- 節目を記録し、感謝を伝える:周年や事業承継の機会に、これまでの歩みと判断の基準を次の世代へ手渡せます
ここで大切なのは、主な目的を1つに絞ることです。「採用にも営業にも社内教育にも」と欲張ると読者がばらばらになり、どの読者にとっても「自分のための本ではない」一冊になってしまいます。2つ目、3つ目の目的は、本の中身に詰め込むのではなく、出来上がった本を誰にどう配るかで達成するようにしましょう。
反対に、今期の売上をすぐに作りたい、知名度を一気に上げたいといった課題には、広告や展示会のほうが向いています。本は、2年、3年とかけて効いてくる「長期資産」です。
目的が決まったら、効果をどう測るかも、本を刷る前に決めておきます。見込み客が目的なら「本を読んだ方からの問い合わせ件数や成約率」、採用が目的なら「内定承諾率や入社後の定着率」というように、部数ではなく目的に合った数字を選びます。
反対に、今期の売上をすぐに作りたい、知名度を一気に上げたいといった課題には、広告や展示会のほうが向いています。本は、2年、3年とかけて効いてくる「長期資産」です。
目的が決まったら、効果をどう測るかも、本を刷る前に決めておきます。見込み客が目的なら「本を読んだ方からの問い合わせ件数や成約率」、採用が目的なら「内定承諾率や入社後の定着率」というように、部数ではなく目的に合った数字を選びます。
費用は「総額」ではなく「内訳」で考える
社内で企業出版の話をすると、必ず「で、いくらかかるの?」と聞かれます。ここで見積もりの総額だけを伝えると、「高いね」で話が終わってしまいがちです。大切なのは、何にいくら払うのかを分けて示すことです。
- 制作費:企画・取材・執筆・編集・校正など、原稿を形にする人の仕事
- デザイン・組版:表紙のデザインや本文のレイアウト、図や写真の作成
- 印刷・製本:用紙代・印刷代・製本代。部数とページ数でほぼ決まります
- 流通・PR:書店への配本や広告など。何もしない形から大がかりな宣伝まで、幅がとても大きい部分です
どこにお金をかけるかは、先ほど決めた主な目的で変わります。見込み客を集めたいなら、読者に届けるための流通やPRに。採用や社内向けなら、読んだ人の心が動く原稿の中身と、手元に置きたくなる装丁に。業界での立ち位置を固めたいなら、内容の正確さや図解に。
どの場合にも共通するのは、「せっかくだから」と部数を増やすのは、いちばん効果の薄いお金の使い方だということです。配る予定も売る仕組みもない在庫は、保管の費用がかかるだけ。必要な部数で始めて、足りなくなったら増刷すれば十分です。オンデマンド出版や電子書籍を組み合わせれば、在庫を持たずに出すこともできます。
どの場合にも共通するのは、「せっかくだから」と部数を増やすのは、いちばん効果の薄いお金の使い方だということです。配る予定も売る仕組みもない在庫は、保管の費用がかかるだけ。必要な部数で始めて、足りなくなったら増刷すれば十分です。オンデマンド出版や電子書籍を組み合わせれば、在庫を持たずに出すこともできます。
見積もりで確かめておきたいこと
見積書は、金額だけでなく条件の書き方まで読むことが大切です。出版社に相談するときは、次のような点を確かめておくと、あとで「こんなはずでは」となりにくくなります。
- 取材や原稿の修正は、何回まで含まれているか
- 表紙のデザイン案は、いくつ出してもらえるか
- 「書店流通」とは、何店舗に、どれくらいの期間並ぶことなのか
- 刷る部数のうち、書店へ出る分・会社に届く分・見本の分はそれぞれ何部か
- 増刷するとき、電子書籍にするときの費用
- 原稿を自社のサイトや研修資料にも使ってよいか(著作権・出版権の扱い)
分からない項目は遠慮なく質問し、答えを文書で残しておきましょう。それがそのまま、社内の稟議の準備にもなります。
稟議は「費用」ではなく「資産」の言葉で
企業出版の企画は、中身ではなく社内の決裁で止まることがよくあります。担当者は「伝えたいことがある」という言葉で話し、決裁する人は「いくら出して、何が返ってくるのか」という言葉で聞いているからです。
そこで、本を何年も働き続ける資産として説明します。広告は掲載が終われば消えますが、本は営業担当者のかばんに入り、商談相手の机に置かれ、何年も使えます。費用を本が使われる年数で割り、「1年あたりいくら」と示すだけでも、金額の印象は大きく変わります。
効果の見込みは、「本から生まれる問い合わせの数 × 成約率 × 1件あたりの利益」のような式で組み立てます。数字が当たることより、その数字がどこから来たのかを説明できることが大切です。「本が売れなかったら?」「その費用で広告を出したほうが確実では?」といった質問への答えも、稟議書の最後に用意しておきましょう。
そこで、本を何年も働き続ける資産として説明します。広告は掲載が終われば消えますが、本は営業担当者のかばんに入り、商談相手の机に置かれ、何年も使えます。費用を本が使われる年数で割り、「1年あたりいくら」と示すだけでも、金額の印象は大きく変わります。
効果の見込みは、「本から生まれる問い合わせの数 × 成約率 × 1件あたりの利益」のような式で組み立てます。数字が当たることより、その数字がどこから来たのかを説明できることが大切です。「本が売れなかったら?」「その費用で広告を出したほうが確実では?」といった質問への答えも、稟議書の最後に用意しておきましょう。
読者は「たった一人」に絞る
企画を進めていると、「せっかくだから経営者にも現場にも、学生にも読んでほしい」という声が必ず出ます。けれども読者を広げるほど言葉はぼやけ、誰の心にも届かない本になってしまいます。
おすすめは、実在する一人を思い浮かべて読者像をつくることです。今のお客さまや採用したい人材の中から、「この人にもっと早く出会えていれば」と思える一人を選び、次の順番で書き出していきます。
おすすめは、実在する一人を思い浮かべて読者像をつくることです。今のお客さまや採用したい人材の中から、「この人にもっと早く出会えていれば」と思える一人を選び、次の順番で書き出していきます。
- 年齢・役職・業種などの基本情報(短く、事実だけ)
- その人の悩みを、本人が口にしそうな言葉で(「人材育成の仕組みが未整備」ではなく「3年目の社員が辞める理由を説明できない」)
- ふだん何を読み、誰の話を信じて物事を決めているか
- 本を読める時間と場所
- 読み終えたあとにとってほしい行動を1つ
読者が一人に決まると、文体や専門用語の水準、装丁まで、迷ったときの判断の基準ができます。対象を絞ることは読者を減らすことではなく、深く届けることです。
タイトルから目次を逆算し、「はじめに」は提案書のつもりで
本の中身より先に決めたいのが、タイトルです。本文を最後まで読む人は限られますが、タイトルは誰もが読みます。手に取られるタイトルには、次の3つの要素があります。
- 読者の思い込みを裏返す意外性
- 「誰のための本か」がわかる読者の名指し
- 読んだあとに何が変わるかを示す数字
タイトル案は、良し悪しを考えずにまず20案ほど書き出してから絞り込みます。社内では「どれが良いですか」ではなく、「この本には何が書いてあると思いますか」と聞くと、誤解を生むタイトルを見分けられます。
タイトルが決まったら、その約束を果たすのに必要な内容を書き出し、5〜7つのまとまりに束ねます。これがそのまま章になります。章は書き手の都合ではなく、読者の頭に疑問が浮かぶ順番に並べましょう。
書店で本を手に取った人が次に読むのは、「はじめに」です。ここを会社のあいさつや沿革で始めるのはもったいないこと。読者が「はじめに」で確かめたいのは、自分向けの本か、信じてよい内容か、どう役に立つのかの3つだけです。見込み客に出す短い提案書のつもりで書いてみてください。
タイトルが決まったら、その約束を果たすのに必要な内容を書き出し、5〜7つのまとまりに束ねます。これがそのまま章になります。章は書き手の都合ではなく、読者の頭に疑問が浮かぶ順番に並べましょう。
書店で本を手に取った人が次に読むのは、「はじめに」です。ここを会社のあいさつや沿革で始めるのはもったいないこと。読者が「はじめに」で確かめたいのは、自分向けの本か、信じてよい内容か、どう役に立つのかの3つだけです。見込み客に出す短い提案書のつもりで書いてみてください。
書けなくても大丈夫。「書けない前提」で体制を組む
「文章を書いたことがない」。企業出版の相談で、いちばんよく聞く心配です。けれども、会社の名前で出す本を著者が全部自分で書く必要はありません。執筆の進め方は、大きく分けて3つあります。
- 著者本人が書く:語り口がそのまま残ります。ただ、本業と並行すると半年から1年かかることも
- 社内で分担して書く:現場の事例が集まり、社内の知恵の棚卸しにもなります。最後に文体をそろえる人が必要です
- ライターが取材して書く:著者の負担は取材と原稿の確認だけ。企業出版でいちばん多い進め方です
取材を受けるときは、「お客さま第一を大切にしています」のような抽象的な話より、「3年前、納期を2日遅らせてでも仕様を変えた案件があって」というように、具体的な出来事と数字を話すのがコツです。うまくいった話だけでなく、失敗した経験も読者の信頼につながります。
生成AIは、企画の壁打ちや構成案のたたき台、取材メモの整理に役立ちます(コラム28 AI活用術もご覧ください)。ただし、自社の事実や数字、体験談をAIに書かせるのは禁物です。もっともらしい架空の事例が混ざれば、本の信頼そのものを失います。
原稿は「引き算」で整えます。一つの文には一つの内容、「〜させていただく」のような飾りは削り、最後に声に出して読んで息が続かない文を短くする。これだけで、ぐっと読みやすくなります。
生成AIは、企画の壁打ちや構成案のたたき台、取材メモの整理に役立ちます(コラム28 AI活用術もご覧ください)。ただし、自社の事実や数字、体験談をAIに書かせるのは禁物です。もっともらしい架空の事例が混ざれば、本の信頼そのものを失います。
原稿は「引き算」で整えます。一つの文には一つの内容、「〜させていただく」のような飾りは削り、最後に声に出して読んで息が続かない文を短くする。これだけで、ぐっと読みやすくなります。
出版してからが本番。本は手渡して初めて働く
刷り上がった本を手にすると、ついゴールしたような気持ちになります。けれども企業出版では、ここが折り返し地点。本は倉庫に置いておくだけでは働いてくれません。
- 商談で手渡す:「第3章に、御社と同じ課題の例が載っています」と、読んでほしいところを一つだけ伝えるのがコツです
- 資料請求に同封する:パンフレットは捨てられても、本は机や本棚に残ります
- セミナーで配る:アンケートと引き換えにすれば、関心の高い見込み客の情報も得られます
- 採用説明会で配る:会社の考え方に共感した人が応募してくれるようになります
- 社内研修のテキストにする:口伝えだった価値観を、全員が同じ言葉で学べます
成果を出している会社は、本を作る前から「どの場面で、誰が、誰に渡すのか」を決めています。配る担当者と月ごとの目標部数、渡したあとの連絡、効果を測る数字。この3つを出版前に書き出しておきましょう。
よくある失敗を先に知っておく
- 長い広告パンフレットになる:社内のチェックが重なるほど、自社の自慢が増えていきます。自社の名前が出てくる分量は全体の2割以内を目安にしましょう。主役はあくまで読者の悩みです
- 読者がぶれる:制作中に「あの人にも読んでほしい」が積み重なります。目次を決めるときと初稿ができたときに、読者像を見直す時間を日程に入れておきましょう
- 表紙まわりの誤り:著者名・社名・書名・肩書きを間違えると、刷った本がすべて使えなくなります。表紙・帯・奥付は、紙に印刷して声に出して読み合わせを
- 著者の退職:個人名だけで出すと、その人が辞めたときに困ることも。会社や部署の名義を主にして、個人を監修などで添える形も考えられます
明日、15分でできる最初の一歩
企業出版は、本をつくる作業であると同時に、会社の中で当たり前になっていた知恵を、誰にでも伝わる言葉に置き換える作業でもあります。たとえ出版が途中で止まったとしても、その整理は会社に残ります。
最初の一歩として、15分だけ時間を取って、次の2つを書いてみてください。
最初の一歩として、15分だけ時間を取って、次の2つを書いてみてください。
- 目的:主な目的を1行、2番目・3番目の目的、効果を測る数字を1つ
- 仮のタイトル:1行。「誰に」「何を約束するか」をつないだだけでも十分です
この2行があれば、上司にも出版社にも、話を始めることができます。
この記事の内容をもっと詳しく
この記事でご紹介した内容は、書籍『会社の名前で本を出す はじめての企業出版――企画・稟議・執筆・活用までの実務ガイド』(お手軽出版ドットコム編集部)で詳しくお読みいただけます。目的を一枚にまとめる方法、稟議書の組み立て方と想定問答、見積書のチェックポイント、読者像のワークシートなど、担当者がそのまま使える手順を、章ごとの問いと一緒にまとめています。
会社の名前で本を出す
紙の本が売れない時代に、なぜ多くの企業があえて書籍を出版するのでしょうか?
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【こんな方におすすめ】
・突然「うちも本を出そう」と特命を受けた出版担当者
・自社の知見を信用や採用力向上に活かしたい経営者
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